「THE ANSWER 陸上PLUS|INSIGHT」 U18世界最高記録…洛南・後藤大樹の肖像Vol.3
日本陸上界に現れた新世代の逸材が世界に挑んでいる。U20ユージーン世界陸上の男子400mハードルで準決勝進出を決めた17歳・後藤大樹(洛南高2年)は今年6月の日本選手権で高校2年生ながら優勝。U18世界最高記録も叩き出し、20歳以下の世界一を目指すハードラーの凄さとは――。多くの名選手を輩出した洛南で指導する名伯楽・柴田博之監督の証言から迫る。(全4回の第3回、取材・文=寺田 辰朗)
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110mハードルから400mハードルに進出した後藤大樹だが、この2種目は同じハードル種目でも特性が大きく異なる。五輪&世界陸上でこの2種目に出場する例は世界的にも極めて少なく、両種目の日本代表になった選手は存在しない。
洛南高の柴田博之監督が初めて後藤を見たのは、中学3年時(2024年)10月に佐賀で行われた国民スポーツ大会だった。8月の全日本中学選手権110mハードルに優勝した後藤(当時千葉県四街道北中3年)が、洛南高進学を希望しているという情報は入手していた。レースをスタンドから見ただけでなく、ウォーミングアップも遠目に観察したという。
「しなやかさよりも力強さがクローズアップされた動きをしていました。中学生としては大きな動きで、しかも速い動きができました。それとレースで勝つ感覚、フィニッシュラインで感覚を持っていると感じました」
国民スポーツ大会は2位と0.03秒差、小差での優勝だった。“勝つ感覚”を言葉にすると、勝負を決する場面でも硬くならず、スピードが出る動きが本能的にできる、ということになるだろうか。柴田監督は「教えてできるものではない」という。
進路を決める際、インターハイの話はほぼせず「世界を目指したいと」
もう1つ後藤が先天的に近い形で持っているものに、「110mハードル選手としては異常なくらいに心肺機能が高い」ことがある。「小学校の時に1000mを2分58秒と、とんでもないタイムで走っているんです。陸上競技を始めたきっかけは、市内のマラソン大会で負けたことが悔しかったからで、負けず嫌いの性格も昔からあったのでしょう。400mハードルも無酸素パワーだけでは、最後まで行ききれません。有酸素能力の高さも後藤の武器となっていると思います」
話を進路選択時に戻すと、国民スポーツ大会の後に2度、洛南高の練習や施設などを見学に後藤が京都まで足を運んでいる。進学先の指導者が選手の地元に出向くことは多いが、後藤は自身の目で洛南高の環境を確かめたかった。「ご両親も後藤自身も、洛南高が本当に行きたいところなのか、そこの先生が信用できる人間なのかを、自分の目で見て決めていたのだと思います」
進学を決める際、「インターハイの話はほとんどしなかったし、世界を目指したいと本人も言っていた」という。洛南高はインターハイ総合優勝最多を誇るチーム。インターハイを軽視するのでなく、世界を目指すならインターハイで活躍して当たり前、という気持ちだったのだろう。
後藤は入学してすぐ、京都府高校対校選手権京都市内ブロック予選会の400mハードルに出場した。インターハイ京都府予選のさらに予選となる大会である。2024年5月5日。わずか1年3か月前のことで、後藤は53秒34で優勝している。その時点の高1歴代最高は51秒32で、52秒台の1年生も過去に複数いたので突出した記録ではない。だが柴田監督は、記録とは違うものを感じ取っていた。
「400mハードルの10台のハードルを、トータルで考えられるリズム感に適性を感じました。本人は『何をしたのかさっぱりわかりません。とにかくインターバルを15歩で走っただけで、何の疲労感もなく、よくわからないうちに終わってしまいました』と言っていました。しかしその時点で、インターハイ全国大会も51秒ちょっとくらいで入賞するだろう、と感じましたね」
1年の近畿予選から「予想よりも上振れ」全国3位以内を予感
5月末のインターハイ京都府予選は52秒65で優勝、6月中旬のインターハイ近畿予選は51秒11の高1最高記録で優勝した。7月末のインターハイ全国大会の予選は、余裕がある中で51秒09に記録を伸ばした。決勝では49秒84で優勝し、高2最高記録の50秒71を上回った。
「近畿予選の時に当初の予想よりも上振れして、全国でも3位以内に入ると思いました。インターハイの予選の後には、『このまま勝っちゃえ、49秒台で行っちゃえ』と背中を押しました。後藤も『じゃあ行きますか』というリアクションでしたね。今回の日本選手権もそれと同じノリでした。その種目の難しさがわかっていないことも強さになります」
400mハードルで結果を出した今も、他の種目にも積極的に出場している。その理由は【vol.4】で詳述するが、1年時も110mハードルや100m、200mにも並行して出場し、110mハードルでは9月のU20日本選手権で4位に、100mでは10月の国民スポーツ大会(高校1年生と中学3年生カテゴリーの)少年B100mで2位と、全国トップレベルの力があることを示した。
後藤は400mハードルに転向したのではなく、従来通りに110mハードルや短距離にも出場し、400mハードルにも進出しただけだった。1年時にはまだ世界で戦うことまでは見えていなかったが、インターハイの総合優勝争いのためには、400mハードルの方が高得点を獲得できるのは明らかだった。だから“好きではない”400mハードルにも前向きに取り組めた。
(寺田 辰朗 / Tatsuo Terada)












