「THE ANSWER 陸上PLUS|INSIGHT」――U18世界最高記録…洛南・後藤大樹の肖像Vol.2
日本陸上界に現れた新世代の逸材が世界に挑んでいる。U20ユージーン世界陸上の男子400mハードルで準決勝進出を決めた17歳・後藤大樹(洛南高2年)は今年6月の日本選手権で高校2年生ながら優勝。U18世界最高記録も叩き出し、20歳以下の世界一を目指すハードラーの凄さとは――。多くの名選手を輩出した洛南高で指導する名伯楽・柴田博之監督の証言から迫る。(全4回の第2回、取材・文=寺田 辰朗)
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後藤大樹の48秒09のU18世界最高記録は、「選手、コーチとも400mハードルの素人だったから出せた」と洛南高の柴田博之監督は意外な分析をした。前年の高校チャンピオンだが、後藤は400mハードルを始めて1年と少し。経験が浅いと言えなくもない。しかし柴田監督は、この種目の高校トップ選手を何人も育ててきた指導者である。2019年のドーハ世界陸上代表だった豊田将樹(富士通)も洛南高OBで、高校3年時(2015年)に50秒16(高校歴代11位)で走っている。
「育てたと言っても50秒台で、48秒台とは次元が違います。だから48秒台がどんなにすごいのか、私も後藤もわかっていないところがある。桐生祥秀(日本生命)が2013年に100mで10秒01(当時日本歴代2位、高校記録)を出した時も、そのレベルの指導がわかっていたわけではないので同じ感覚でした。私にしてみれば藤原孝輝(東洋大大学院)が8m12を出した時の方がショッキングでした」
柴田監督も1988年に走幅跳で8m04(当時日本歴代2位)を跳び、その年のソウル五輪に出場した日本トップ選手だった。当時25歳。学生時代は日本代表になれなかったが、苦労を重ね日本人3人目の8mジャンパーになった。しかし洛南高の教え子の藤原が19年に、8m12の高校記録を跳び、柴田監督の記録をいとも簡単に超えていった。
「私がどれだけ苦労して8mを跳んだのか、こいつわかっているのかな、という思いもありましたよ。指導者には、現役時代の経験を指導の基準に置く種目や、トップレベルの選手を育てた経験を基準に置く種目があると思うんです。しかし400mハードルに関しては、特に大学の指導者の皆さんと比べたら、私もそこまで指導経験がないんです」
だからこそ「天井を設定していなかった」と強調する。「素人ですし、結果も求めていなかったので記録などは考えず、単純に理想を追い求めました」
後半に強さ 5台目からのタイムは47秒台の為末・成迫・豊田より速い
柴田監督は“理想を追い求めた素人”らしさとして、ハードル間歩数で14歩を使わなかったことを挙げる。後藤は1~5台はトップ選手と同じ13歩で走る。ハードル間歩数が奇数であれば、利き脚で踏み切り続けられる。多くのトップ選手が5台目を過ぎると14歩を2台使い、6台目を逆脚で踏み切り、7台目で利き脚に戻す。残りの8~10台目を15歩で走る。
後藤レベルの能力を見た指導者なら13歩、14歩、15歩で走らせようと考えるのが普通だが、柴田監督はそうしなかった。「一度、静岡国際(5月3日、50秒42)で試したのですが、後藤はしっくりしないと言っていて、次の木南記念(5月10日、49秒34)で後藤から『13歩・15歩でやります』と言ってきました。14歩を挟まずいきなり15歩へ切り換える。トップ選手では誰もやっていないでしょうけど、私は彼が15歩で刻んで走る速さを見てきたので、後藤の希望通りに走らせました」
この後半に、今の後藤の強さがある。過去に47秒台を出した日本人3選手とハードル1台毎の通過タイムを比較すると、前半は同じ13歩でも超前半型の為末大(47秒89)より5台目通過で0.5~0.6秒遅い。だが他の2人(47秒93の成迫健児と47秒99の豊田兼)とは0.3~0.4秒にとどめている。そして5台目からフィニッシュまでのタイムは後藤の方が、47秒台の3人よりも速い。
洛南高で徹底して行うミニハードルを使った練習で、後藤が良い動きができることも柴田監督の判断材料だった。日本選手権でも「5台目を越えたら練習のミニハードルを200mやるつもりで行こう」とアドバイスした。
このミニハードルは後藤専用のメニューではなく、洛南高チーム全員が行う。接地するポイントを意識しやすく、キック脚を素早く前方に戻す動きのトレーニングにもなる。それらの動きができれば地面からの反発を、前方に跳び出す動きに変換しやすくなる。走ることだけでなく、陸上競技全般に必要な弾む動作が素早くできるようになるメニューだ。
洛南高では短距離、中・長距離、ハードル、跳躍と多くの種目で毎年、日本トップレベルの高校生が育つ。インターハイ総合優勝は史上最多の13回を誇る(8月5日に終了した今年のインターハイは、U20世界陸上に遠征中の後藤不在のメンバーで総合2位以下を圧倒した)。その中から桐生や後藤、藤原、1500m&5000mの佐藤圭汰(Swoosh TC)、3000m障害五輪&世界陸上入賞者の三浦龍司(SUBARU)など、高校生で突出した記録を出す選手が育った。さらには1人の選手が、異なる種目でトップレベルに成長するのも、陸上競技の原理原則を抑えたトレーニングをしている証だろう。後藤は400mHと200mで、藤原は走幅跳と110mHで高校トップレベルに成長した。
「脳を鍛える」が洛南高の特徴 「筋肉は鍛えても可逆性の原理がある」
基本的なトレーニングに加え、「脳を鍛える」ことも洛南高の特徴だと柴田監督は言う。
「冬期のミーティングでよく、その話を選手たちにするんです。筋肉は鍛えても可逆性の原理があるので、何か月かしたら落ちてしまうことがありますが、脳に刻まれた記憶は残っていきます。その話が後藤はどはまりして、取材でそのことを話しているんです」
トレーニングで動きの感覚を身につけ、その感覚を再現するにはどういう動きを、どんな意識で行えばいいのか。何も考えずにできてしまった、ではなく、自分の考えでパフォーマンスをコントロールする。洛南高のトレーニングを行っていれば自然と力が付くが、その中でもパフォーマンスが高い選手は主体的な考えを持って行動できる選手だという。そして後藤は、さらに一段上の主体性がある。
「私が練習や試合出場のプランを言うと、だいたいの高校生は疑問を持たずに受け容れてくれるのですが、後藤は『先生、僕はこうしたいんですけど』と言ってきます。木南記念で『14歩をやりません』と言ってきたこともそうですし、日本選手権決勝前のウォーミングアップを、200mをやる予定でしたが『短い距離でやりたいんです』と言ってきて、120mに変更したこともそうです」
ハードなトレーニングも、脳を鍛えることになる。一例として砂浜で50mダッシュを10本5セットという冬期に行うメニューを挙げ、「数年前に参加した桐生は気を失いかけていました。今の時代からしたらスマートじゃないし、這ってでもゴールにたどり着く練習」だと柴田監督は言う。
「後藤も400mハードルはきつくて嫌いだと言っていますが、冬期にやった練習に比べたら大したことはない、と言っています。脳の記憶が、このくらいなら大丈夫と思えるんです」
日本選手権でのU18世界最高記録は専門的な練習ではなく、後藤の脳が鍛えられた成果だったのかもしれない。
(寺田 辰朗 / Tatsuo Terada)












