ボルシア・ドルトムントが現在、サイード・エル・マラの獲得に向けて強く働きかけている。ドルトムントはすでに2024年にも同選手の獲得を望んでいたが、当時は移籍が実現しなかった。その背景について、独『シュポルト・ビルト』の最新報道が明らかにしている。
それによると、エル・マラは2024年3月25日にドルトムントのトレーニングセンターを訪れていたという。当時17歳だった同選手は、ヴィクトリア・ケルンで3.リーガのプロ初出場を果たしたばかりだった。ドルトムントはU-19チームへの加入を望んでいた。プレゼンテーションでは、名前と背番号10が入ったBVBのユニフォームなども見せられたとされる。エル・マラ自身も移籍を前向きに考えていたようで、メディカルチェックの日程まで決まっていたという。
だが、その後に両クラブは金銭面で折り合わなかった。現在のドルトムントのスポーツ担当取締役で、当時は育成部門の責任者だったラース・リッケンは、まず10万ユーロを提示し、その後オファーを15万ユーロに引き上げたという。これはヴィクトリアが当初求めていた100万ユーロを大きく下回っていた。そもそもリッケンは、エル・マラに全面的な確信を抱いていたわけではなかったようだ。
報道によれば、リッケンは選手側に「表面的」な印象を与えていたという。BVB側で積極的に動いていたのは、当時U-19監督だったマイク・トゥルベリだった。合意は不可能に見えたため、最終的に当時のヴィクトリアのCEO、シュテファン・キュスタースが交渉を打ち切った。これは、Sport Bild が公開したキュスタースとリッケンのWhatsAppチャットによって裏付けられている。
報道によると、エル・マラは自ら移籍を強行することもできたという。当時未成年だった同選手とヴィクトリアの契約には両親ではなく父親だけが署名していたため、エル・マラ家は形式上の不備を理由に契約を解除できたとされる。だが、そうはしなかった。
サイード・エル・マラは代わりに1.FCケルンへ移籍
その一方で、1.FCケルンも争奪戦に参戦した。ヴィクトリアの地元ライバルは、サイード・エル・マラだけでなく、1歳年上の兄マレクの獲得も目指していた。兄弟は非常に強い絆で結ばれている。エル・マラは11Freunde のインタビューで、BVBでは兄と一緒にプレーできなくなることが、BVB移籍が破談になった決定的な理由だったとまで語っている。「それで僕の中ではなくなった」
最終的にケルンは、この兄弟を合計50万ユーロで獲得した。サイードの移籍金は35万ユーロと評価されていた。同時に、10パーセントの再販条項も取り決められた。ただしケルンは2024年、移籍禁止処分のため移籍を成立させることができなかった。そのため、エル・マラ兄弟はさらに1シーズン、ヴィクトリアに残留した。サイードはその間、3.リーガ32試合で18のスコアポイントを記録。マレクの出場時間は通算371分にとどまった。
そしてケルンでの最初のシーズンに、サイード・エル・マラは大きなブレイクを果たした。2026年4月、ケルンはヴィクトリアから再販条項を200万ユーロで買い取った。つまりエル・マラが今後移籍した場合、ケルンが移籍金の全額を受け取ることになる。BVBへなのか。破談となった移籍から2年後、ドルトムントは現在、エル・マラの獲得に向けて集中的に動いている。ただし今度は35万ユーロではなく、約5000万ユーロが必要とされている。ここまでの報道が一致するところでは、BVBはボーナス込みで約4000万ユーロを提示している。













