ポルトガルの「マシン」と共にある日々
アリアンツ・スタジアムでの日々を振り返り、コスタはサッカー史に残る名手とロッカールームを共にした体験を語った。5度のバロンドール受賞者ロナウドについて、コスタは「彼は周囲のプレーをシンプルにしてくれた」と説明した。
「15年近く、彼は常に得点を約束してくれた。彼といるのはとても気楽だった。ふさわしい場面では冗談を飛ばしていたが、ピッチではマシンのようだった。彼とプレーできたことを心から幸せに思う。大きな幸運だった」とコスタは『トゥットスポルト』紙に語った。
インテルではなくユヴェントスを選ぶ
この33歳は、2017年にバイエルン・ミュンヘンからトリノへ移籍した経緯も明かした。
コスタはこう振り返る。「急な移籍だったけど、話はもっと前からあった。2016年のCLでユヴェントス対バイエルン戦の直後、アグネリとパラティチに声をかけられた。その後、アレックス・サンドロとオーストラリアに行き、ブラジルとの親善試合に出た。彼はインテルが僕をイタリアに呼びたいと知っていたし、僕も興味されていることは知っていた。 そこでアレックス・サンドロが『ユヴェントスに来ないか?』と聞いてきた。迷いは全くなかった。バイエルンではアンチェロッティ監督の下で出場機会が減ると分かっていたからだ。監督もそれをはっきりと伝えていた。その後、パラティチから電話があり、すべては迅速に進んだ。とはいえ、ユヴェントスから声がかかったら断るわけにはいかないだろう」
アレグリの影響
このブラジル人選手はイタリアサッカーにすぐには適応できず、マッシミリアーノ・アッレグリ監督の厳しい指導の下、ある程度の適応期間を要した。
「最初はベンチが続いたが、イタリアのサッカーを理解できるようになると、監督は僕を起用してくれた」とコスタは語る。「自分らしさを取り戻し、イタリアに魅了された。チームメイトも支えてくれた。アッレグリ監督は、プレーするには常に状況を把握し、決して気を抜いてはいけないと教えてくれた。私のメンタリティを変える上で、彼は大きな存在だった。」
クラブと代表でのロナウドの役割の変遷
ダグラス・コスタはUAEのアル・イッティファクでプレーし、ロナウドはサウジ・プロリーグのアル・ナセルで得点を量産している。しかし、ポルトガル代表でのロナウドの将来には疑問符が付く。ホルヘ・ジェズス新体制の下、彼は期待値を調整する必要があるかもしれない。
2026年W杯ではポルトガルがベスト16敗退となり、ロナウドの得点は3止まり。2年後の欧州選手権を見据え、批評家は彼をベンチに置くべきだと指摘している。












