ユルゲン・クロップの長年のアドバイザーを務めるマルク・コジッケが、新たなドイツ代表監督に従ってDFBへ加わる見通しだ。コジッケは本来、バイエルンとは何の関わりもないが、公式スローガンの考案者でもある。
『Bild 』によると、今後はマルク・コジッケがドイツ代表の戦略と発展を担当する見通しだという。そのため、すでに自身の会社プロジェクト・ファイブの代表職を退き、クロップ以外の指導者に対して行ってきたこれまでのアドバイザー業も終了したとされている。コジッケはおよそ20年にわたってクロップに寄り添ってきた存在で、「影の男」とみなされている。
過去には、ブレーメン生まれでヴェルダーの熱心なファンを公言する彼が、バイエルンにとっても重要な役割を果たしたことがある。というのも、何十年も前からFCバイエルンと結びつけられてきた「ミア・サン・ミア」のメンタリティーを、公式スローガンへと変えたからだ。
そのいささか奇妙な経緯について、コジッケは2023年に
SPOX とGOALのインタビューで語っている。この対談は、「ミア・サン・ミア」の歴史を追った大規模なマルチメディア特集の一部であり、ドイツスポーツジャーナリスト連盟から「Großen Online-Preis 2023」を受賞した。ここでは、その当時のインタビューをあらためて読むことができる。――コジッケさん、あなたはヴェルダーのファンであり、ボルシア・ドルトムントで成功を収めた元指揮官ユルゲン・クロップのアドバイザーでもあります。そんなあなたが、よりによって「ミア・サン・ミア」をFCバイエルンの公式スローガンにしたのは、なぜだったのですか?
コジッケ:2008年、当時のビジネスパートナーだったオリヴァー・ビアホフと一緒に、スイスで行われるFIFAのイベントに向かっていました。偶然にも、同じ飛行機にウリ・ヘーネスが乗っていたんです。彼は自分たちの選手たちについて不満を口にし、「誰もバイエルン・ミュンヘンが本当は何を意味するのか分かっていない」と嘆いていました。そこで私はヘーネス氏に、彼の考えではバイエルン・ミュンヘンとは具体的に何を意味するのかと尋ねたのですが、彼は明確な答えを返せなかったんです。
――その後、どうなったのでしょうか?
コジッケ: 私は、長くナイキとアディダスで働いていたこと、そしてそこには、全従業員に会社の最も重要な価値観やメッセージを伝える、いわば企業のバイブルのようなものがあると話しました。すると彼は、そういうものをFCバイエルン向けに作れないかと私に尋ねてきたんです。
――できたわけですね。
コジッケ: 100パーセントの無知と、大きな自信を持って引き受けました(笑)。ウリ・ヘーネスは「見たいのは君だけであって、ローランド・ベルガーのネクタイを締めた連中じゃない」とも言っていました。そこで私たちは、ファンショップやマーケティング部門の人たち、用具係や育成コーディネーター、メディア部門のシュテファン・メンネリヒ、そしてチーフスカウトのヴォルフガング・ドレムラーらによる、多様なワーキンググループを作りました。4週間にわたって、みんなでバイエルン・ミュンヘンの価値観を練り上げたんです。
――そして最後に「ミア・サン・ミア」が残ったと。
コジッケ: いいえ、スローガン自体は最初から私の中で決まっていました。ヘーネスと飛行機の中で話していた時点で、すでに頭にあったんです。ただ、その場ではまだ口にしませんでした。そこで言ってしまったら、いきなり全部を出し切ることになってしまいますからね。その後、ワーキンググループと一緒にやったのは、それに付随する価値観を作り上げることだけでした。
――どんな価値観にたどり着いたのですか?
コジッケ: 最終的には、16の掟にまとまりました。例えば、「私たちは家族であり、互いのために支え合う」。あるいは、「公の場で互いについて語らない」といったものです。
――ヘーネスの反応はいかがでしたか?
コジッケ: 取締役会でのプレゼンテーションのために、私は本物のレーダーホーゼンの革を使って、そのバイブルの試作品を何冊か製本させました。タイトルを明かしたとき、全員が大喜びでした。ヘーネスは「素晴らしいスローガンだ。ただ、このMIRは宇宙ステーションだ」と言いました。表紙には「Mia san mia」ではなく、「Mir san mir」と書いてあったんです。ブレーメン育ちの私は、バイエルン方言を100パーセント理解していたわけではありませんでした。変更しなければならなかったのは、それだけでした。
――その後はどう進んだのでしょうか?
コジッケ: そのバイブルとは別に、私はFCバイエルンのために、クラブ内での導入に向けた付随ロードマップも作成しました。それで私の仕事は終わりでした。請求書の発行とともに、私はそのスローガンに関する権利を譲渡し、こう保証しました。「心配しないでください。ブレーメン出身でユルゲン・クロップのアドバイザーである私が、ミア・サン・ミアの偉大な発案者として自分を演出することはありません」と。フロントオフィスのスタッフであれ、フュルステンフェルトブルック出身のユース選手であれ、サディオ・マネであれ、新加入の全員がFCバイエルン移籍後のオンボーディング施策として、このバイブルを手にするべきでした。そこに込められたメッセージは、「これが私たちであり、こうした価値観を私たちは生きている」というものです。
――あなたが公式スローガンにする以前、「ミア・サン・ミア」という言葉はどれほど浸透していたのでしょうか?
コジッケ: 私がこの言葉を知ったのは、若い頃にヴェーザーシュタディオンでヴェルダーがFCバイエルンに終盤で敗れる試合を経験したときです。翌日、新聞にはバイエルンの「ミア・サン・ミア的な姿勢」について書かれていました。それがずっと記憶に残っていたんです。当時は、「ミア・サン・ミア」という言葉そのものよりも、その背後にある姿勢のほうがより強く存在していました。












